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2005年10月12日(水) 記事No.388
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昨日傷心の中で、相方と映画を観に行きました。

時間的に『この胸いっぱいの愛を』しかなかったので、とりあえずそれに決めました。こじんまりしたシネマハウスだったのですが、お客さんは10人位...人口増加率日本一?の滋賀県草津市とは思えない盛況ぶりなので、嫌な予感がしたのですが、結果.... いっぱいいっぱい泣いてしまいました....(T_T)
歳をとると涙もろくなるもんですが、黄泉がえりに負けない位に良かったデス.... 良い映画なのにお客さんが少ないので、役者さんが可哀想でまたホロリと涙....(;_;)
能面のような顔をして見入っている相方と対照的でした。(;^_^A

 最近思うのですが、役者さんはただ単に「有名になりたい」とか「お金持ちになりたい」とか「いいカッコしたい」とか言う下世話な考えじゃなく、何かすごく大切な物を、見ている人達に伝えたい... と言う高い理想の中で厳しい撮影にもめげずに映画を撮っているんじゃないか?と感じます。

(少しこじつけですが...)
 ドンキ先生やクレイアンヌ先生も、同じように『パチンコの楽しさを伝えたい』と言う一念で仕事をされているんじゃないでしょうか?昔僕に向かって「何でお前がそこまでやるんや!」とか「そんな他人の事なんて放っておいたらええんや!」とか言う友達がいましたが、「何でお前が俺が行こうとする道に勝手にピリオド打つんや!」と思って聞いていました。

 アンヌ先生も自分でお金を出して掲示板を運営して、自腹でプレゼントを準備して、寝る間もない忙しい時間を割いて集計やプレゼントの発送をして... 僕の友達に言わせれば「何でお前がそこまで... 」と言われそうなパターンですが、別にその人の人生の大きさを他人のちっこい物差しで図る必要なんか無い訳で....

(少し暗くってスイマセン)
 最近歳くってきて、従弟が何人も亡くなったりして思うんですが、自分が急に居なくなっても、その時に『自分が生きていた証』ってものが欲しいな?とか思います。それが友達の心の中の記憶だったり、映画や漫画と言った作品だったり、自分の子供だったりいろいろあると思うけど... 『その時その時代に確かにXXXって奴が居た』と、証明できる何かが残せれば幸せだなぁ いつかみんな黄泉がえりのラストシーンみたいに消えちゃうんだから...

 少しセンチな今日の日記でした。
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